第100回花供養祭!!〜江戸時代中期から続く馬絹の花卉栽培〜

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第100回花供養祭!!〜江戸時代中期から続く馬絹の花卉栽培〜

 
みなさん、こんばんは。川崎市議会議員(宮前区選出)の矢沢孝雄です。
 
今年のお盆はどう過ごされたでしょうか。
後援会納涼の集いが終わった後、12日は片付けと剣道合宿の予定だったのですが、急遽子どもの体調不良があり、病院&看病をすることになり、稽古には行くことができませんでした。(咳がひどかった子どももその後は順調に回復)
 
13日~14日は、嫁の実家(福島県)でのお盆。15日は当方実家のお盆を迎えることができました。16日は日頃お世話になっている方々の新盆回りをさせていただきました。
 
そして、連日続いた暑い日から打って変わって、北風が心地よい日となった本日は、毎年宮前区馬絹で行われている花供養祭に出席してまいりました。
 
今年は「第100回花供養祭」ということで、JAセレサ川崎本店のホールをお借りしての記念式典も盛大に執り行われました。
 

花供養祭の歴史


 馬絹地区の花卉栽培の歴史は古く、江戸時代中期に花づくりをしたことに始まります。その頃は栽培技術は門外不出とされていたましたが、大正期から夏菊などの切り花、梅・桃などの枝物の栽培が本格化され、栽培農家の熱心な取り組みにより広まりました。大正8年には馬絹花卉生産組合の起源となる組合が、横浜・川崎地区150名により初代組合長都倉八重子忠七氏が就任し発足しました。その後、連合体組織ができたことを機に横浜と分離し馬絹花卉生産組合として独自の業績を重ね、現在に至っております。
 花供養祭は当初、お盆のお施餓鬼の頃に実施されていたようです。昭和38年に組合員の意思を集結し、永く花の霊に感謝し慰めるため、泉福寺境内に花供養塔と墓碑「花供養塔のいわれ」を建立し、その後、毎年8月17日に開催されております。本年100回目を迎えることができました。
 〜平成30年度花卉部馬絹支部主催 第100回花供養祭・記念式典より〜
 
 
この馬絹の花供養祭は、全国で最も歴史のある供養祭と言われており、当時この取り組みをスタートさせた先人の想いには尊敬と感謝の気持ちしかありません。
 
100年継がれた供養祭が、今後も次世代へとしっかり継承され続くことを願うと共に、花卉栽培に熱心な生産者を支援すべく、川崎市の都市農業の推進にこれからも力を入れていきたいと思います。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 


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